運命というもの
人間の浮き沈みの繰り返しは、その当座こそ非常になまなましくて、そして不可思議だったにちがいないけれども・・・
そうだからといって勘のにぶい原始人たちのこころを、その不可思議な要因の解明へと掻き立てることは、まあ無かったでしょう。
一郎も二郎も、そしてこの双生児以外のあらゆる原始人たちも同様に、そういった場合には、もじゃもじゃした自分の頭髪を撫でて照れくさがり・・・・
あげくには、その不思議な事象を主題にした露骨なことわざでもひねくり出すくらいのことが、せいぜいのことでした。
とにもかくにも、このようにして人生のなかの運という要素は、否応なしにみとめられるようになりました。
人間なんて、どうせ成るようにしかならないのだし、それが運命とかいうけったいなものの産物である以上、運命にしたがって生きて行くよりしかたがない。
・・・そんな風にかんがえるようになったのかも知れません。